学校水泳教育の方向性

「学校水泳(プール)」の歴史(NHK Eテレ番組『Japangle』2019.8放映)

1.プール設置

1968(昭和43)年の学習指導要領改訂に伴い、小学校体育に「水泳」が盛り込まれたことから、全国で学校プール建設ラッシュとなった。こうした教育界の 動きと呼応されるために、国は日本水泳連盟と連携し、学校教員養成段階での水泳指導力アップのための研修事業を打ち出した。全国の教員養成大学学生を対象に、 旅費や滞在費まで補助を出してでも人材育成強化を図ると同時に、全国各地で水泳指導研修会を数多く開催して、小学校での水泳授業実施への対応力を高めた (1966年〜1979年)。

学校プール設置が進んだが、学校教職員にとって環境衛生管理を含むプー ル施設管理は大きな負担であった。

2.「水泳」学習

<文部科学省「学校体育実技指導資料 水泳指導の手引(三訂版)」>

実際には水泳スキル取得レベル差は非常に大きく、いわゆる「一斉指導」で授業展開することは非現実的で、少人数でのレベル別指導(学習)の導入が不可欠であ る。民間スイミングクラブではそれが前提のプログラムであるが、学校水泳は授業の基本が「教師1名−児童生徒多数」ということと同時に、多くの児童生徒の安全 性を担保することは困難を極めたテーマである。学習指導要領で定めた「何を」「どこまで」「どのように」という学習目標達成へのアプローチを実現させることは ほとんど不可能と言っても過言ではない。その結果、実際の学校水泳授業では授業時間内に「自由」という時間を児童生徒に付与し、その間の教育を放棄したような 取り扱いが常となってしまった。

しかしながら学校側の努力によって、子どもたちに学校水泳授業の本質がきちんと伝わることも多く、十分な教育成果を上げてきたことも事実である(文集例)。

と同時に、ほとんど同時期から二人三脚で発展してきた民間スイミングクラブによる水泳普及活動とが相まって、我が国の水難事故死者数は激減していったのであ る。このことで考えれば、学校水泳授業導入の目的は非常に高い水準で達成されてきたと言える状態である。

 

元来、学校水泳教育の目的は、水難事故による人命損失をなくすことであり、そこに「体育」ということでの運動学習を盛り込んだものであった。つまり、泳法習 得そのものが目的というわけではない。自分で自分の命を守ることを高め、他者へもそうしたことを広げることが重要。運動技能重視の「体育」の中では、実は扱い そのものが難しい内容なのだ。ある意味「道徳」のような位置づけに近い教育内容ということになる。「泳げる」という運動技能よりも、危機管理や危機回避といっ た態度形成への取り組みが重要視されるべきものである。

3.学校から外部へ

学校プール建設が進んだ時期は高度経済成長期と重なり、税収も増え、学校教育全体への配分率も高い状態であった。つまりは「カネがあった」時期。しかし、現 在のような低成長時代となれば、学校プールの補修・改修費用捻出も厳しい状態だ。また、昨今の教員業務の過度な負担が取りざたされてきた流れで、プールの維持 管理業務への教員関与の必要性なども問題視され、さらに授業でも一斉指導での限界などから、公共施設や民間スイミングクラブ施設での水泳授業実施という選択が 急増してきた。

また、現行の学習指導要領では、地域の教育資源の積極活用を奨励する方向性から、学校側とすれば可能な限り、外部機関・施設での水泳授業実施に傾いていく。 あるいは、そうした受け皿が地域に見当たらなければ、プールそのものの限界性という状況下では、安全に関する教育指導だけの取り扱いに変化していくことが予想 される。実際に、都道府県における学校プール設置率はかな りの差があり、プールのない学校は意外に多いことを考えれば、予算確保の上で外部へ委託する方向性に傾くであろう。

4.「カリキュラムマネジメント」に立脚した学校水泳教育

現在の学習指導要領で実現が期待されている学校教育像は、「使えるモノは何でも使って」の教育実践を志向していて、多面的で複合的な視野を重視した学びの方向性である。そうした教育の方向性の中 での外部機関による学校水泳授業ということを考えると、単なる「水泳教室」といった民間スイミングクラブが最も得意としている技能重視の内容だけでは不十分で あろう。学校教員や周囲の教育関係者などと協力しながら、「水泳」というテーマを軸とした多面的で複合的な学習内容をどう具現化し、展開できるかが重要であろ う。

例えば、中学1年生理科では「密度」という新しい単位を通して、物体の性質の違いを学習する。髪の毛の密度(比重)は水より大きく、水に対しては「沈む」こ とから、沈んだ髪の毛がプールの衛生環境に悪影響を与えることを理解し、それを少しでも防ぐために「プールではキャップをかぶろう」という決まりであることを 学ぶことで、その教育効果はもっと高まるであろう。

体育科教育(大修館書店)2017 年6月号 PDF参照

高校段階での例としては、2021年大学入学共通テスト「物理基礎」に次のような出題があった。

これを応用する形で、保健体育教科書教材とリンクさせてみることができる。

こうした本格的な『学校での学び』にまで高めることができれば、単なる実技のみの民間委託に留まらず、社会的信頼を確固たるものにすることができるだろう。